「失注分析をして受注率を上げたい」。そう考えてCRMの失注データを開いたら、理由欄がすべて空白だった——。私たちが立て直しを支援した福井県の金属表面処理加工業が、まさにこの状態でした。失注理由は全件空白、流入元にいたっては入力率0.1%。分析の手法を学ぶ前に、そもそも「分析できるデータが貯まる仕組み」がなかったのです。この記事では、その現場で実装した失注理由リストの設計原則と、長期リードタイム業態の核心である「失注させない」ステータス設計、貯まったデータを打ち手につなげる手順を公開します。
失注分析をしたいのに、なぜ始められないのですか?
分析の前提となる「記録」が存在しないからです。失注分析の解説記事の多くは「理由を集計し、パターンを見つけましょう」から始まりますが、現実の中小企業のCRMはその手前で止まっています。先の支援先では、CRM導入から2年が経っていたにもかかわらず、失注理由は全件空白でした。商談がどこから来たかを示す流入元も入力率0.1%。つまり「なぜ負けたか」も「どの経路の商談が勝ちやすいか」も、データ上は一切答えられない状態です。
これは営業担当の怠慢ではありません。理由の選択肢が用意されていない、入力しなくても失注処理ができてしまう、入力してもどこにも使われない——仕組みの問題です。逆に言えば、高度な分析ツールを買い足さなくても、いま使っているCRMに「理由の選択肢」と「入力の必須化」を足すだけで、失注分析の前提は今日から整えられます。失注分析の第一歩は分析手法の勉強ではなく、「失注時に理由が必ず記録される仕組み」を作ること。この構図はCRMが定着しない7つの原因で書いた「入力されない原因を個人の意識に求めない」という原則と同じです。失注分析は営業DX全体の一部でもあるため、ステージ設計や週次レビューを含む全体像は営業DXの全体像をご覧ください。
失注理由の選択リストはどう設計すればいいですか?
原則は3つです。①選択式で5〜8択に絞る。②自由記述は補助欄に回す。③汎用の型から出発して自社の言葉に直す。
自由記述だけにすると、書く人は延々書き、書かない人は空白のままで、集計できないデータになります。逆に選択肢が10を超えると、営業は選ぶのが面倒になり「その他」に逃げます。5〜8択が、正直に選べて集計にも耐える現実的なレンジです。
出発点として使えるのが、失注理由の6つの型——価格(高くて負けた)・競合(他社に決まった)・時期(予算やタイミングが合わない)・仕様(要件を満たせなかった)・関係(既存取引先が強かった)・自然消滅(連絡が取れなくなった)です。このままでは使わず、自社の商談で実際に交わされる言葉に置き換えてください。手順は単純で、直近の失注案件を10件ほど営業と一緒に振り返り、「この案件はどの型か」を仕分けしながら、しっくりこない型を自社語に直していきます。
設計と同じくらい重要なのが必須化です。支援先の大阪府の米穀・食品ギフト会社では、商談を失注に落とす際に理由の入力を必須とするルールを敷いています(失注に相当する4つのステージすべてで理由必須)。選択式にしてあるからこそ、必須化しても入力が数秒で終わり、運用が止まりません。
「まだ決まらない」案件を失注にしていいのですか?
安易に失注にしてはいけません。ここが本記事でいちばんお伝えしたい設計です。
金属表面処理のような設備・資材系のBtoBでは、見積を出しても発注が2年後、ということが普通にあります。この業態で「3ヶ月連絡がないから失注」と処理すると、実際にはまだ生きている案件を自分で殺すことになり、勝率の数字も実態からずれます。そこで支援先では、明確に断られた失注と、決まらないまま止まっている保留NGを区別し、保留NGは死んだ案件ではなく「休眠在庫」として掘り起こしの対象に位置づけました。
さらに、この移行を人の記憶に頼らず自動化しています。実装したのは次の3つの時限ルールです。
- 回答待ちのまま3ヶ月経過した商談は、自動で保留NGへ移行する
- 作成から2ヶ月経過した商談は、自動で再アプローチのステータスへ移行し、担当者へ通知が飛ぶ
- 受注後1ヶ月経過した商談は、自動で完了へ移行する
「いつか判断しよう」は判断されません。時間で自動的にステータスが動き、担当者に通知が届くから、案件は放置と失注の間で消えずに、掘り起こしのリストに貯まっていきます。日数のしきい値(3ヶ月・2ヶ月)は業態の発注サイクルに合わせて調整すればよく、重要なのは「時間経過で必ず次のアクションが決まる」構造そのものです。失注分析というテーマの裏側には、この「失注させない設計」が対になって存在します。
貯まった失注データをどう受注率改善につなげるのですか?
まず勝率を実測します。支援先で決着済み案件を集計したところ、受注15件・失注55件で勝率21%でした。重要なのは、この数字の良し悪しを論評することではなく、「初めて自社の勝率が事実として言えるようになった」こと自体です。勝率は一度測って終わりではなく、母数の定義(決着済み案件のみを数え、進行中と保留は含めない)を固定したうえで、四半期ごとなど同じ条件で測り続けて初めて改善の物差しになります。この会社では、この実測を踏まえて勝率40%を目標として設定しました(目標であり、達成を約束する数字ではありません)。
次に、失注理由を単純集計で眺めるだけでなく、失注理由×製品カテゴリー×金額帯でクロスして見ます。すると打ち手が具体になります。たとえば「価格負けが特定の金額帯に集中している」なら、その価格帯の案件を追うかどうかの選別基準を作る。「競合負けが多いカテゴリー」があるなら、比較検討時の対抗資料を整備する。「自然消滅が多い」なら、そもそも見積提出後の初動フォローが遅い可能性を疑う——という具合です。分析は理由リストの設計時には想像もしなかった論点を連れてきます。だからこそ、先に記録の仕組みを作り、データに語らせる順番が正しいのです。
宮村の見解: 「失注分析で最初に出てくる数字は、たいてい耳が痛いものです。それでも『勝率21%』と実測で言えるようになった瞬間から、営業会議の議論は『頑張ろう』から『どの失注理由を潰すか』に変わります。分析の価値は正確さより、議論の主語が変わることにあります」(宮村佳祐・株式会社etika代表取締役)
営業が正直な失注理由を入力してくれるか不安です
その不安は正しく、だからこそ運用の設計が要ります。ポイントは3つです。
第一に、責めない運用を宣言する。失注理由が査定や叱責の材料になると分かった瞬間、データは「怒られない理由」で埋まります。失注理由は個人の成績表ではなく、商品・価格・プロセスを直すための会社の資産だと、運用開始時に明言してください。
第二に、週次レビューでその場で埋める。理由が空白のまま失注になっている案件を週次の営業会議で確認し、記憶が新しいうちにその場で入力して決着させます。「後で入れておいて」は入りません。この「会議中にその場でCRMを直す」運用は、週次営業会議の進め方として別途詳しく扱う予定のテーマですが、失注理由に限ればこの一点だけでも十分に機能します。
第三に、選択式だから正直に書ける。自由記述で「自分の対応が遅れた」とは書きにくいものですが、「時期が合わなかった」「自然消滅」を選ぶことには心理的な抵抗がほとんどありません。5〜8択の設計は、入力負担の軽減であると同時に、正直さのハードルを下げる装置でもあります。
まとめ
失注分析は「分析」から始まりません。①失注理由リストを5〜8択で設計し、失注時の入力を必須化する。②「まだ決まらない」案件は失注にせず、保留NG→休眠→掘り起こしへ自動で流すステータスを設計する。③データが貯まったら勝率を実測し、理由×カテゴリー×金額帯のクロスで打ち手を決める——この順番です。失注理由が全件空白だった会社でも、仕組みを入れたその日から記録は貯まり始めます。始めるのに遅すぎることはありません。
こうしたステージ・ステータス設計と週次の運用をセットで構築するのがプロセス管理支援(サービス②)です。なお、CRMはZoho CRMを標準採用しています(他ツールのご相談も可能です)。Zoho固有の設定手順は、当社が運営に関わるCRMサポートセンターで扱っています。
自社の失注データがいまどんな状態か——理由は記録されているか、保留と失注は区別されているか——を切り分けるところから始めませんか。現状の営業管理とCRM活用状況を拝見し、失注分析を始めるための現在地を整理します。見込み客から受注までのプロセス無料診断をご利用ください。
よくある質問
失注理由の選択リストのベストプラクティスは?
選択式5〜8択に絞り、自由記述は補助欄に回すのが原則です。出発点は「価格・競合・時期・仕様・関係・自然消滅」の6つの型で、これを自社の商談で実際に使われる言葉に置き換えます。10択を超えると営業が選べなくなり、3択以下だと分析の解像度が出ません。迷ったら、直近の失注案件10件を思い出して「どれかに必ず当てはまるか」で検証してください。
失注分析は何件くらいデータが貯まったら始められますか?
決着(受注+失注)が数十件貯まれば、最初の傾向は見えます。私たちの支援先では、受注15件・失注55件の計70件で勝率21%という最初の実測ができ、そこから議論が始まりました。件数が少ないうちは統計的な精緻さより「理由が記録されている状態を維持すること」を優先してください。分析はいつでも後からできますが、記録されなかった理由は二度と取り戻せません。
失注した相手に再アプローチしてもいいのでしょうか?
むしろすべきです。特に設備や資材のように発注サイクルが年単位の業態では、今回の失注は「今回の案件で選ばれなかった」だけで、取引の可能性が消えたわけではありません。だからこそ、明確に断られた失注と「今は決まらない」保留を最初から区別して記録しておくことが重要です。保留案件は休眠リストとして管理し、時期を決めて掘り起こす設計にすれば、再アプローチは失礼ではなく営業活動そのものになります。
受注率(勝率)はどう計算すればいいですか?母数に何を含めますか?
基本は「受注件数÷(受注件数+失注件数)」です。ポイントは母数に「まだ決着していない案件」と「保留・休眠案件」を含めないこと。進行中の案件を混ぜると勝率が実態とずれ、保留を失注に混ぜると勝率が実力より低く出ます。私たちの支援先では受注15件・失注55件で勝率21%と実測しました。この定義を固定して定点観測することが、改善の議論の前提になります。
エクセルでも失注分析はできますか?
理由の集計だけならできます。ただし失注分析の肝は「理由を必須で記録させる入力制御」と「保留案件を放置せず自動で次のステータスへ動かす仕組み」で、これはエクセルでは実現が困難です。回答待ちが3ヶ月続いたら自動で保留へ、一定期間で再アプローチ対象へ担当に通知——といった時限式の運用は、CRM側の自動化が前提になります。まずエクセルで理由の型を作り、運用はCRMに載せる、という順番が現実的です。

